内科の外来診療で最も多い症状は腹痛だと言われています。病院に行くまでもないけど、「けっこう痛いな…」という腹痛は、誰もが経験したことがあるでしょう。「トイレにいったら治る」「腸が弱めだからしょっちゅう痛くなる」「便秘だから慣れっこ」「生理痛が重いタイプだから」などなど、自分なりの解釈で自分なりの解決をしている人が多いでしょう。
「病院に行くとしたら、食中毒とかストレス性胃炎だな」なんて軽く考えているあなた。実は、体の全て、全身のあらゆる異常を鏡のように映し出してくれるのが腹痛なのです。素人考えで腹痛を我慢するのはとても危険です。あなたの腹痛は、こんな事を訴えているかもしれない。腹痛を我慢すると、ヤバい事になる9つの理由についてお伝えします。
腹痛を我慢すると
ヤバい事になる9つの理由
腸の具合は大丈夫ですか?
日本人の腸(小腸大腸あわせて)の長さは、平均9.2メートルです。建物で言えば3階まで届く長さです。そんなに長い臓器が、コンパクトにたたまれて私達の胴体に収納されているんです。この収納には絶妙で繊細なバランスが必要です。
腸だけではなく、他の臓器や骨もあるのですから。そんな繊細なバランスが、ちょっとでも狂ってしまったら…。腸の位置がずれただけでも大変です。ずれてしまった状態をヘルニアと呼びます。
一般的に多いヘルニアは、鼠径ヘルニアで、「脱腸」とも呼ばれるものです。ヘルニアはそれだけでも強い腹痛を伴いますが、位置がずれたことで腸がねじれたり圧迫されて、腸閉塞や血行不良による壊死を引き起こします。ずれた腸が自然と元の位置に戻ることはありませんから、一刻も早く病院に行って、適切な処置を受けましょう。腸の病気といえば、虫垂炎も怖いですよね。薬で対処できる早期に治療しましょう。
肝臓・脾臓・胆嚢の病気にも注意
現代人に多く見られる病気の一つ、胆石症。胆汁が固まった石が胆嚢や胆道に溜まり、周囲を傷つけて炎症を起こします。この炎症が起きると、お腹の右側や右の肩甲骨周辺が痛みます。
また、ウイルス感染などで腫れている脾臓は、軽い衝撃や場合によっては自然に破裂することがあります。破裂直後は出血性ショックを伴う激しい腹痛が起こりますが、なんと破裂する前に左上腹部が痛くなることが多いのです。初期症状というより、予兆として腹痛が起こることもあるのです。
そして「沈黙の臓器」肝臓。自覚症状無く脂肪肝から肝硬変、肝がんまで進行することからそう呼ばれるのですが、ときに脂肪肝は腹部右上の痛みを伴うことがあります。この危険信号はむしろ幸運と言えます。沈黙の臓器の異常をいち早く知ることができるのですから。
膵臓の病気の可能性もあります
消化液を作って腸に送り出す膵臓。アルコール、胆石、高脂血症、自己免疫、感染症など、様々な理由で炎症を起こすことがあります。この膵炎は治療がとても大変な病気です。消化液が作れなくなりますから、治療中には絶食が必要です。体内にチューブから直接栄養を送り込むことになります。吐き気や熱もつらい病気ですが、なによりみぞおち辺りの痛みがつらいです。みぞおちに激痛を感じたら、膵炎の可能性を疑ってみましょう。
腎臓・尿路に異変はありませんか?
男性に多く見られる尿管結石、腎結石という病気があります。尿酸などで大きな結晶ができて、それが尿路を塞ぐ病気です。筆者も経験したことがあるのですが、左脇腹に激痛が走ります。徐々に痛みが激しくなり、最終的には動けないくらい痛くなります。気絶してしまう患者さんもいるそうです。今思えば、じんじんと痛み出した時に病院に駆け込むべきでした。みなさんが筆者のような判断ミスをしないことを祈ります。
また、結石ではなく、腎臓の一部の腎盂が炎症を起こす腎盂炎という病気があります。これも腹や腰に激痛がありますが、敗血症や呼吸不全を起こしやすい恐ろしい病気ですので、用心しましょう。
婦人系の病気の場合にも注意
女性には生理痛として腹痛に悩む人もいます。女性特有の症状で、日常生活に支障がでるくらい重症な場合も珍しくありません。年を重ねるごとに痛くなる生理痛は子宮内膜症の可能性が高いので、婦人科を受診しましょう。
この他にも腹痛を伴う恐ろしい婦人系の病気があるのです。卵巣は靭帯で子宮と骨盤にぶら下がっているのですが、卵巣に腫瘍ができ、その重みで靭帯がたるんで捻れてしまうことがあります。これを卵巣茎捻転と言い、激痛を伴います。捻れた靭帯の壊死、卵巣腫瘍の進行を防がないといけません。
また、全妊娠の1%が子宮外妊娠(異所性妊娠)と言われており、妊娠可能年齢の女性が腹痛の時は、その可能性を考える必要があります。
呼吸器系もチェックしておきましょう
細菌、ウイルス、マイコプラズマなどに感染して発症する肺炎と、それに併発することが多い胸膜炎でも、炎症部位が肺の下部だと腹痛が起こります。みぞおち辺りや、背中も同時に痛むようでしたら、肺炎などの呼吸器系の病気かもしれません。
血管系の病にも注意が必要です
お腹には腹部大動脈という太い血管が通っています。その大動脈の壁がはがれると激痛が走ります。この病気を腹部大動脈解離と言います。痛む部分が解離している場所なのですが、全身を動き回るように痛む場合もあります。
また、心臓に酸素を提供している血管の異常が原因の狭心症および心筋梗塞でも、「胃が痛い」と訴える患者さんがいます。心臓付近の血管の異常で「胃が痛い」と感じるのは不思議なことですが、病院に行ったら心臓に問題があったと気づくことができるなら、ありがたいサインです。
腹膜の病気の可能性もあります
横隔膜から下、骨盤から上の部分の腹腔には、胃、肝臓、腎臓などの臓器がありますが、それらの臓器は腹膜という半透明の膜で覆われています。この腹膜が細菌などに感染して炎症をおこすのが、腹膜炎です。最悪の場合は意識を失って死に至る恐ろしい病気です。
腹膜炎の初期症状は軽い腹痛で、進行するとともに痛む部分が広がっていきます。この病気は早期発見・早期治療がとても重要ですので、軽い腹痛を我慢しないことが鍵となります。
精神的なものに起因しているかもしれません
最近若い世代に多いという、過敏性腸症候群(略称:IBS)をご存知でしょうか?病院に行っても炎症や潰瘍といった明確な原因が見つからないにもかかわらず、腹痛があって、下痢、便秘、お腹の張りという症状が出る病気です。
自律神経の異常、ストレス、ライフスタイルのゆがみなど、様々な原因が考えられていますが、個人差も大きいため、はっきりとは分かっていません。
近年、この病気には神経伝達物質が関係している可能性が指摘されました。腸は第2の脳とも言われるほど脳と神経に関係しているので、不安やストレスが腸に伝わり、腹痛として表れるのは十分考えられることです。お腹は心の異常も映し出します。
私たち人間を含め、高等生物のほとんどが「痛み」を感じるのは、体の異常を自覚して、体を守ろうとするからです。そして腹痛が内科医で最も多く見られる症状ということは、特に腹痛が全身の異常を伝えやすいからだと言えます。
いきなり激痛が襲ってくるタイプの腹痛なら、病院に駆け込む覚悟はすぐにつきますが、悩むのが軽い腹痛です。今日ご紹介した中には、「初期症状は軽い腹痛」という病気もありました。
しかしそれらの病気は決して軽くありません。むしろそういう病気こそ早期発見が必要な病気です。ちょっと違和感がある、今までと違うところが少しだけ痛む、といった時は、ためらわずにすぐに病院に行きましょう。
どうか人間の本能でもある腹痛という「異常のサイン」を見逃さないようにしてください。腹痛を我慢する理由は、人間には無いのですから。
今日のまとめ
腹痛を我慢するとなぜヤバいのか?
・腸の病気の可能性があるから
・肝臓・脾臓・胆嚢の病気の可能性があるから
・膵臓の病気の可能性があるから
・腎臓・尿路の病気の可能性があるから
・婦人系の病気の可能性があるから
・呼吸器の病気の可能性があるから
・血管系の病気の可能性があるから
・腹膜の病気の可能性があるから
・精神的な病気の可能性があるから